彁袮

「新元号は……」

 


  官房長官は額をちらりと確認してから、記者たちに向けた。

──彁袮

  一斉にフラッシュを焚いた直後、報道陣はどよめいた。

「長官、これはなんと読むのですか!どういう意味が!」見慣れない、明らかに“国民に親しみやすい漢字”という当初の方針とずれた新元号に報道陣は困惑した。

「私も……」官房長官は一呼吸置いて言った。「私も、分かりません。しかしこれが新元号です。平成の次は」

  そこまで言って、官房長官は額を指さす。

「“これ”で間違いありません。それをお知らせするために、ここに立ってます」

  報道陣の困惑に怒りが混じる。

「どういうことですか!?説明責任を!」

  官房長官は額をもう一度ちらりと見てから、報道陣をじっと見つめる。

「私も、正式には先程知らされたばかりです。確かに、過去の元号は出典が明確で、それぞれに意味がありました。しかし、──これは個人的な意見ですが──意味、そうおっしゃいますが、意味とはそんなに重要なものでしょうか」

  報道陣はぽかんとするだけだった。分かったような顔をする者もいれば、呆れたような顔をする者もいた。

  何となく渋谷に集まった若者はスクリーンを見上げていて、Twitterのトレンド1位に“彁袮”が入った。翌日の新聞は“彁袮”の額を掲げる官房長官が一面を飾って、印刷局では“彁袮”のお札が刷られた。

  結局、官房長官が言ったことは正しかった。彁袮には意味がなかったし、なんなら読みもなかった。でも文字でのやり取りがメインのご時世に読みなんていらなかったし、意味なんてないものの方が多いような気もした。

  ただ、確かに平成の次に彁袮は存在したし、僕は確かにその時代を生きた。彁袮はそんなふうに始まった。

 

(H31/3/29のツイート)